世代を超えて受け継がれる想い – 古野庸子の家族の物語
古野庸子です。
人生を重ねる中で気づいたことがあります。それは、自分が抱えているテーマや課題が「世代を超えて」受け継がれているケースが、思いのほか多いということです。これは個人差があることですが、私自身の体験を通して、先祖から受け継がれる想いの力強さを痛感することとなりました。
血のつながりを超えた家族の絆
私の場合、現在の名字は古野ですが、実は私の体の中には古野という性の血は一滴も入っていません。これは、私の家族にまつわる複雑な歴史があるからです。
時は遡ること数世代前のこと。私の曾祖母は、今でいう「運命の人」と出会いました。二人は深く愛し合い、まさに魂の絆で結ばれた関係だったといいます。しかし、当時の厳格な身分制度という高い壁が立ちはだかり、どんなに愛し合っていても結ばれることは許されませんでした。
社会の制約、家族の反対、そして当時の時代背景が二人の愛を引き裂いたのです。曾祖母は身を裂かれるような思いで、愛する人との別れを受け入れざるを得ませんでした。そして、その別れの際に曾祖母のお腹にいたのが、私の祖父だったのです。
運命の人との子供を身籠もりながらも、一人でその子を育てていかなければならない現実。当時の女性にとって、それがどれほど過酷な状況だったか、想像に難くありません。社会的な偏見、経済的な困窮、そして何よりも愛する人を失った心の傷を抱えながら、曾祖母は強く生きていかなければならなかったのです。
古野氏の深い愛
そんな曾祖母の前に現れたのが、古野氏でした。彼は曾祖母の事情を全部理解した上で、それでも彼女と結婚することを決意したのです。古野氏は曾祖母のことを本当に大切にしてくれました。彼女の過去を責めることもなく、祖父のことも実の子のように愛情を注いで育ててくれたといいます。
伝え聞いた話では、古野氏は本当に心優しい人だったそうです。曾祖母の心の傷を理解し、時間をかけて癒そうとしてくれました。祖父に対しても分け隔てなく接し、古野家の跡取りとして大切に育ててくれたのです。
しかし、それだけに曾祖母の心は複雑だったに違いありません。古野氏に大事にされればされるほど、彼女の罪悪感は大きくなる一方だったと思います。「私はこの人を本当に愛しているのだろうか」「運命の人への想いを抱えたまま、この優しい人と一緒にいていいのだろうか」そんな葛藤を日々抱えていたのではないでしょうか。
それなのになぜ結婚を決意したのか。そこには、当時の社会情勢、一人で子供を育てていく困難さ、そして古野氏の人柄への信頼など、様々な要因が複雑に絡み合っていたのでしょう。詳しいことは今となっては知る由もありませんが、きっと曾祖母なりの深い思いがあったに違いありません。
先祖の想いの影響力
私は長い間、この家族の歴史が自分にどのような影響を与えているのかを理解していませんでした。しかし、人生を重ねるにつれて、先祖の思いというものが想像以上に大きな影響力を持っていることを実感するようになりました。
以前の記事でも触れたことがありますが、仲間たちと一緒に自分の人生のテーマに取り組んでいた時のことです。セッションの最中に、なぜか先祖のことが話題に上がりました。亡くなっている人のことは、特別な能力を持つ人でないとわからないため、そうした能力のある方にお願いして、曾祖母と運命の人の関係について見ていただくことになりました。
その結果は、私の予想を遥かに超えるものでした。その方は興奮気味に「稀に見る純愛です」と言い、さらに「これはツインレイの関係ですね」と教えてくれました。そして「ちょっと、この映像を見せてあげたい!」と、まるで美しい映画のワンシーンを見ているかのように感動された様子でした。
その時に明らかになったのは、曾祖母の「今度生まれ変わったら、必ず本物の相手と一緒になりたい!!」という強烈な思いが、世代を超えて私のところに届いているということでした。血のつながりを超えて、魂のレベルで受け継がれている想いがあったのです。
知らず知らずのうちに受け継いでいた想い
興味深いことに、私は先祖のこの話を、父からだいぶ大人になってから聞いたのです。つまり、曾祖母の恋愛事情や古野氏との結婚の経緯について何も知らないうちから、なぜか私の心の中には強い確信がありました。
それは〈本物の相手ではない人と結婚する苦しみ〉を肌でわかっていて、「それだけは絶対にしない!!」と固く心に決めていたことです。この感覚は理屈では説明できないほど強烈で、まるで自分自身がその苦しみを体験したかのような実感を伴っていました。
私の中では「それだけは絶対にあってはならない」ことでした。その思いがあまりにも強く、いつの間にか「真実でない結婚」を忌み嫌い、心の底から恐れるようになっていたのです。この感情は合理的な思考を超えたところにあり、まさに魂のレベルで刻み込まれた記憶のようでした。
9年前の別れ
そんな私には、長年にわたってお付き合いしていた彼がいました。彼とは心から通じ合える関係で、何でも話すことができる貴重な存在でした。しかし、結婚に関してはずっと平行線が続いていました。
私の中にある「本物の愛でなければ結婚はしない」という強い信念と、現実的な問題や彼の考え方との間には、なかなか埋めることのできない溝がありました。お互いに相手のことを大切に思っているからこそ、簡単に妥協することもできず、時間だけが過ぎていきました。
そして9年前、ついに転機が訪れました。彼が他の人と結婚するということになったのです。この知らせを聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。しかし、私たちはこれまでずっと何でも話し合ってきた関係だったので、この件についてもとことん話し合いました。
お互いの気持ち、これまでの関係、そして今後のことについて、包み隠すことなく語り合いました。そして最終的に出した結論は、一度キッパリお別れする、というものでした。この結論は、感情的に出したものではなく、お互いが納得できるまで話し合った上での理性的な判断でした。
私はその結論を受け入れ、潔く身を引くことにしました。連絡を取り合うことも一切やめ、完全に音信不通を貫きました。中途半端な関係を続けることは、お互いのためにならないと判断したからです。
苦しみの日々の始まり
しかし、表面的には納得して別れを受け入れたものの、その後の日々は想像以上に苦しいものでした。どうやってこの現実を自分の中に収めるのか、どのように心の整理をつけるのか、毎日その答えを探し続けていました。
特に混乱したのは、私の直観が捉えている青写真と現実との間にあるものすごい解離でした。心の奥深くでは「この人が運命の人だ」という確信があるのに、現実には彼は他の人と結婚してしまう。この矛盾をどう理解すればいいのか、まったく分からなくなってしまったのです。
「もしかして私の直観は間違っていたのだろうか」「先祖から受け継いだ想いに惑わされていただけなのだろうか」「本物の愛なんて、所詮は幻想に過ぎないのだろうか」様々な疑問が頭の中を駆け巡り、答えの見えない迷宮に迷い込んでしまったような状態でした。
それまで信じてきた価値観、大切にしてきた信念、そして自分自身の感覚すべてに対して疑問を抱くようになりました。自分が何を基準に人生の選択をしてきたのか、それが正しかったのか、根本的な部分から見直さざるを得なくなったのです。
頑なに握りしめていたもの
私にとって彼は「それだけはあってはならない」領域に踏み込んで行った人でした。つまり、本物の愛ではない結婚をしてしまった人、ということになります。この事実を受け入れることは、私にとって非常に困難でした。
かなり最後の方まで、この現実を腑に落とすことができませんでした。それは私が「そこだけは」という部分を頑なに握りしめていたからです。「本物の愛でなければ結婚してはいけない」「運命の人以外との結婚は苦しみしか生まない」そんな信念を決して手放そうとしませんでした。
この信念は、曾祖母から受け継いだ想いであると同時に、私自身のアイデンティティの核心部分でもありました。これを手放すということは、自分が何者であるかという根本的な部分を否定することになるのではないか、そんな恐れもありました。
運命的な気づき
そんな日々が続いていたある日のこと、ふと一つの言葉が心に浮かびました。
「そこを否定することは先祖を否定すること」
この言葉が降りてきた瞬間、私の中で何かが大きく変わりました。この「先祖」とは、曾祖母の真実の相手ではなかった古野家の血のことを指していたのです。
私はこれまで、古野氏のことを「本物ではない相手」として位置づけ、どこか軽視していた部分がありました。しかし、よく考えてみれば、私の家系は名前だけだとしても、古野氏のおかげで今まで続いているのです。もし古野氏がいなければ、曾祖母は一人で子供を育てることになり、私たち家族の現在の姿はなかったかもしれません。
深い愛への理解
「名前だけ」なんてとんでもない思い違いでした。古野氏の深い愛が、それまで全然わかっていなかったのです。
頭では理解していました。古野氏が良い人だったこと、曾祖母を大切にしてくれたこと、祖父を実の子のように育ててくれたこと。でも、本当の意味での理解は避けてきました。見たくなかったのです。
なぜなら、そこを認めてしまったら、私のこれまでの価値観が根本から覆されることになるからです。「本物の愛でなければ意味がない」という信念が崩れ去ることになるからです。
古野氏は、曾祖母が他の男性を愛していることを知りながらも、それでも彼女を愛し続けました。自分が「運命の人」でないことを理解しながらも、曾祖母の幸せを願い、彼女を支え続けました。これは一体、どういう愛なのでしょうか。
これまで私は「運命の人同士の純愛」だけが真実の愛だと思っていました。しかし、古野氏の愛は、それとは全く違う形の愛でした。見返りを求めない愛、相手の幸せを第一に考える愛、自己犠牲を伴う無償の愛。そこには、純愛とはまた違った美しさがありました。
完全なる敗北感
この気づきを得た瞬間、私は完全に打ちのめされました。もう、これ以上ない敗北感に包まれました。
これまで自分が正しいと思っていたことが、実は一面的な見方に過ぎなかったこと。本物の愛について、自分がいかに狭い理解しかしていなかったこと。そして何よりも、古野氏のような深い愛の形を見過ごしてきたこと。
私は放心状態でした。自分の価値観の根幹が揺らぎ、これまで大切にしてきた信念が音を立てて崩れ落ちていくような感覚でした。
でも同時に、新しい理解も生まれていました。愛には様々な形があること、どの形が優れているというものではないこと、そして私が求めていた「本物の愛」も、実は愛の一つの形に過ぎないということ。
真実の愛とは何か
真実の愛って、一体何なのでしょうか。
運命の人同士が結ばれることが真実の愛なのでしょうか。それとも、相手のために自分を犠牲にすることが真実の愛なのでしょうか。あるいは、どんな困難があっても諦めずに愛し続けることが真実の愛なのでしょうか。
私は今、この問いに対する明確な答えを持っていません。でも、一つだけ確信していることがあります。それは、愛に正解も不正解もないということです。
曾祖母の運命の人への愛も真実でした。古野氏の曾祖母への愛も真実でした。そして、彼の他の人への愛も、きっと真実なのでしょう。私がこれまで「本物ではない」と決めつけてきたものの中にも、確かに真実の愛が存在していたのです。
選んだ道への理解
これまでの経験すべてが、私が体験したくて選んだ道なのかもしれません。
曾祖母から受け継いだ想いに導かれ、「本物の愛」を求め続けた人生。そして最終的に、愛の多様性と古野氏のような深い愛の存在に気づくことになった経験。これらすべてが、私の魂の成長のために必要なプロセスだったのかもしれません。
先祖から受け継がれた想いは、時として重荷となることがあります。でも同時に、それは私たちを特定の学びへと導いてくれる道しるべでもあるのです。私は曾祖母の想いを背負うことで、愛について深く考える機会を得ることができました。
そして今、新しい理解を得た私は、これからどのような道を歩んでいくのでしょうか。きっとこれまでとは違った視点で、人との関係を築いていくことになるでしょう。
おわりに
世代を超えて受け継がれる想いの力は、私たちが考えている以上に強大です。それは時として私たちを苦しめることもありますが、同時に大きな学びと成長の機会を与えてくれるものでもあります。
私は古野庸子として生まれ、古野家の名前を受け継いで生きています。血のつながりはなくても、古野氏の愛と曾祖母の想い、そして運命の人への純愛、すべてが私の中に息づいています。
これからも、この複雑で美しい家族の歴史を背負いながら、自分なりの愛の形を見つけていきたいと思います。
今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。皆様にも、ご自身の家系に受け継がれている想いや学びがあるかもしれません。それらに気づくことで、新しい人生の扉が開かれることを心から願っています。


